「ふつう」との境界線@
2008/05/15 17:11
突然ですが、皆さんの中には「タブー」って、どのくらいありますか?
物心つく頃からだんだんと、「この話はしちゃダメ」という
世の中の暗黙の規則を感じてくるようになりますよね。
わたしはそれを、かなり早熟に感じ取った方だと思います。
わりと、人の心の動きに敏感な方みたいなので。
その話については、またいずれお話したいと思います。
わたしは、大人にかわいがられるのが下手な子供でした。
世の中の暗黙の規則に、いち早く感づいていながら、
それにあえて触れようとしたからです。
「なぜダメなの?」と。
わたしの両親はかなりのモラリストで、多数派の「常識」というのを
重んじて生きてきました。そこが「安全」だと感じているのだと思います。
実際、そうなのかもしれません。
けれど、幼い頃からわたしは自分の家庭に違和感を覚えていました。
わたしの家庭では、しばしば「うちは普通だ」という言葉が繰り返されるからです。
そもそも、本当に「普通」ならば、そこまで子供に
「普通だ」と言い聞かせる必要があるのでしょうか?
大人になった今、自分が身を置いていた家庭は、明らかに変わっていたと思います。
あまりにも、様々なことが起こりすぎました。
そうでなければ、両親が離婚したわけでもないのに、
突然名前が変わったりはしなかったでしょう。
ある親戚が、初めから居なかったかのように過ごしたりはしなかったでしょう。
わたしが度々怪我をすることもなかったと思います。
そのあたりは、本当にややこしいことになっているので、
ここで説明することはできません。が、何かある度に、
「うちだけじゃない。フタを開ければどこのうちも皆同じようなものなんだ」
と教えられてきました。幼い頃は、基本的に親の言うことは正しいのだと
思い込んでいたので、たとえ違和感をおぼえても、親の価値観に合わせようと
してきました。それでも、幸か不幸かわたしの価値観は両親のそれとは
全く別のものになっていきました。親を信じ抜くには、情報がありすぎました。
「ふつう」との境界線Aにつづく→
物心つく頃からだんだんと、「この話はしちゃダメ」という
世の中の暗黙の規則を感じてくるようになりますよね。
わたしはそれを、かなり早熟に感じ取った方だと思います。
わりと、人の心の動きに敏感な方みたいなので。
その話については、またいずれお話したいと思います。
わたしは、大人にかわいがられるのが下手な子供でした。
世の中の暗黙の規則に、いち早く感づいていながら、
それにあえて触れようとしたからです。
「なぜダメなの?」と。
わたしの両親はかなりのモラリストで、多数派の「常識」というのを
重んじて生きてきました。そこが「安全」だと感じているのだと思います。
実際、そうなのかもしれません。
けれど、幼い頃からわたしは自分の家庭に違和感を覚えていました。
わたしの家庭では、しばしば「うちは普通だ」という言葉が繰り返されるからです。
そもそも、本当に「普通」ならば、そこまで子供に
「普通だ」と言い聞かせる必要があるのでしょうか?
大人になった今、自分が身を置いていた家庭は、明らかに変わっていたと思います。
あまりにも、様々なことが起こりすぎました。
そうでなければ、両親が離婚したわけでもないのに、
突然名前が変わったりはしなかったでしょう。
ある親戚が、初めから居なかったかのように過ごしたりはしなかったでしょう。
わたしが度々怪我をすることもなかったと思います。
そのあたりは、本当にややこしいことになっているので、
ここで説明することはできません。が、何かある度に、
「うちだけじゃない。フタを開ければどこのうちも皆同じようなものなんだ」
と教えられてきました。幼い頃は、基本的に親の言うことは正しいのだと
思い込んでいたので、たとえ違和感をおぼえても、親の価値観に合わせようと
してきました。それでも、幸か不幸かわたしの価値観は両親のそれとは
全く別のものになっていきました。親を信じ抜くには、情報がありすぎました。
「ふつう」との境界線Aにつづく→









コメント
書き込み有り難うございました。
拙宅では 代々 男女共に教育者という いわゆる聖職についているので
夕樹さんの お父様のような側面とお母様のような側面両方を家族中…というか 一族中が持っていました。
なので タブーは とても多い家庭環境だったように思えます。
その他 類似点は 夫婦間の関係や親類のこと…幾つかありそうに感じます。
私は ある種 (そうするべきであったか?そうでなかったか?は抜きとして) そういう両親を同情等の目で見てきてしまったので
基本的に傷つくことがありませんでしたが(別の意味で出来た傷はあると思いますが 私は意識していません。)
家庭の問題は 大きく人生の捉え方や歩み方に影響を与えると思います。
自分も親となった現在 改めて 日々 考えさせられる問題です。
Posted by capriccio » 2008/05/15 19:33
こちらにも書き込んでくださったんですね。
ありがとうございますm(_ _)m
ご両親が教職についていらっしゃるんですか。
そうなると、おのずとタブーは多くなってしまうかもしれませんね。
そうせざるを得なかった部分もあるのかもしれません…
と言っても、「家族」や「夫婦」というものは、そこに身をおくもので
なければ本来の姿はわからないので、想像にすぎませんが。
>両親を同情等の目で見てきてしまったので
基本的に傷つくことがありませんでしたが(別の意味で出来た傷はあると思いますが 私は意識していません。)
わたしの兄も、そんな風に見えました。
けれど、違うところは、一刻も早く家を出ようとした点です。
兄には伝えていませんが(たぶん信じないだろうと思うので)、
彼もまた、家庭の問題をうまく回避したように見えて、影響を
受けたひとりだと思います。
ここから先は、Capuriccinoさんのページでお話したテーマと
重複してくるので、そちらでコメントさせていただきますね。
Posted by 夕樹 » 2008/05/16 20:01
kumagoroは正直「普通」ってどういうものかわかっていません。
よそと同じことが普通だとは思えないし…
父が突然会社をやめて自営業を始めたり、突然母の実家に連れて行かれしばらく帰る気配がなかったり、父が脳溢血で数年もの間入院したり…
結構いろいろあったと思うとある意味うちも普通ではなかったかもしれません。
そんななかで家族と一線を置くような感じになってしまったのは事実かもしれませんねぇ
あ、タブーっていうこととは違うコメントになっちゃいましたね(;^_^A
Posted by kumagoro » 2008/05/18 06:44
わたしもいまだに「ふつう」の基準はわかりません。
>よそと同じことが普通だとは思えないし…
…と、わたしも感じていました。
ただ、漠然と「多数派」の意見なのかな、とは思います。
わたしの家族は「多数派であること」を安全だと思っている
ようだったので、その他の価値観を受け入れるのが難しか
ったのだと思います。それ故、家庭内に、無言の規則が
多々存在し、結果「タブー」だらけになってしまったのでしょう。
わたしは、その家庭内で育ちましたが、わたしの家庭の「タブー」
が、本当に世間的にタブーなのかを疑問視していました。
もともと、わたしの個性はいわゆる身近な「多数派」と
食い違うことが多く、「直す」ように諭されましたが、
本当に直すべきものなのか、わたし自身もわからず、
大きな視界で自分の置かれている状況を見たくなりました。
自分の置かれている状況を、家庭の外から、仲間内を
超えたところから、学校を超えたところから、地元を超えた
ところから、そしてこの日本という国を超えたところから、
見てみたくなったのです。
わたしは大学に在学中、3ヵ国を訪れ、その後社会人になって
さらにある国を訪れました。
まだ、たった4ヵ国、しかも短期間しか滞在できませんでしたが、
それでも、わたしのものを見る「目」に変化をもたらすには
十分でした。
外を見ると、内側のことがよくも悪くも色々と見える
ようになりますね。その経験が、今のわたしの価値観に
大きく影響していると思います。
そして、あらためて見る「わたしの育った家庭」という小さな
規模の「世間」は、ずいぶん風変わりに見えました。
周りのことを「変わっている」と言い続けた家庭そのものが
非常に変わっているように見えました。
今のわたしには、子供の頃にもまして、「タブー」だとか
「多数派」だとかは、あまり関係ないものになりました。
それを徹底しようとした両親には悪いのですが…
3人寄れば「世間」ができると言いますから、
何でも多数派を重んじる国なのでしょうね。
でも、隣の世間では、全く異なることが
「多数派」の意見かもしれませんし、
時代と共にその価値観も変わってくるのでしょう。
その価値観と、どう付き合うかは自分の中で築いてきた「軸」を
基に考え、小さな世間の集まりに、あまり振り回されないように
暮らしていきたいな〜などと思っています。
何だかわたしの方こそ、論点があちこちずれてしまって
すみませんm(_ _)m
こんなブログですけど、これからもよろしくお願いします!!
Posted by 夕樹 » 2008/05/18 15:02